異動先は、まさかの奴隷市場!?~水辺の交渉術~
「特殊業務推進部」? 響きだけで嫌な予感しかしない。俺、佐藤健太は、真面目にサラリーマンやってるつもりだったんだが、まさかの部署異動。しかも、田中部長から告げられた部署名がそれだ。「健太君、君にはこの部署で、新たな才能を発揮してもらいたいんだ」。いや、才能を発揮する場所はいくらでもあるだろうに、なぜ「特殊」なのか。部署のドアを開けた瞬間、俺の常識は音を立てて崩れ去った。
そこは、部署というより、まるで「人間オークション」会場。社員が品定めされているような、異様な空気が漂っていた。「え、俺、なんか悪いことしたっけ?」
部長に促され、佐藤は「研修」と称された場に立たされた。目の前には、温厚そうな顔をした田中部長と、いかにも「見る目がありそうな」怪しげな男が座っている。男こそ、佐藤の最初の「買い手」、水野さんだった。「これは単なる人材育成の一環。君の市場価値を上げるための訓練だ」と部長は言うが、佐藤には「はあ?俺を売るための壮大な前フリかよ」としか思えない。「奴隷」のように扱われているのではないか、という疑念が頭をもたげる。
「佐藤さん、君にはどんな『水』のポテンシャルがあるんかな?」
水野さんが、親しみやすい、しかしどこか底意地の悪そうな関西弁で尋ねてきた。水?俺のポテンシャルと水が何の関係があるというのか。「え、あの、営業成績とか、経理のスキルとか…」と戸惑う佐藤に、水野さんはニコニコしながら首を振る。
「いやいや、そんなんは当たり前や。大事なのは『水』や。『水』をいかにうまく扱えるか。それが、これからの時代には一番大事なスキルなんやで」
部長は、部長で「そうそう、佐藤君。君は確か、以前のプロジェクトで水の無駄遣いを徹底的に排除し、経費を大幅に削減したとか、そういう実績があったはずだね」と、まるで水野さんの言葉を補強するように言う。
「え、あ、はい。それは…」
佐藤は必死に記憶を辿る。確かに、節水キャンペーンみたいなのに参加して、それなりに貢献したような気もする。だが、それが「奴隷」としての価値に繋がるなんて、一体どういうことだ?
「ほんで、佐藤さん。雨の日の通勤で、傘を差さずに一度も濡れなかった、という伝説もあるそうやないか」
水野さんの目は、キラキラと輝いている。まるで、佐藤が語る「水」のエピソード一つ一つが、彼の心を掴んでいるかのようだ。佐藤は、部長の指示もあって、雨の日でも服が濡れないように、あの手この手で体を守った巧妙なテクニック(要は、建物の庇を最大限に利用して、小走り&スキップを駆使しただけなのだが)を、あたかも超人的な能力であるかのように、そして少し大げさに語った。
「へえ、傘なしで濡れへんとは、君、相当な『水』の抵抗力を持ってるな!すごい、すごい!」
水野さんは、興奮した様子で手を叩く。佐藤は、自分が一体何をしているのか、もはや分からなくなっていた。まるで、子供の頃に親に褒めてもらおうと、些細な自慢話を必死に話していたあの頃のようだ。ただ、今回は、その対象が「人間オークション」の買い手であること、そして、その基準が「水」であるという点が、決定的に異なっていた。
交渉は長引き、佐藤は疲弊していく。水野さんは、時折、哲学的な問いを投げかけてくる。「佐藤さん、君は普段、どんな『水』を飲んでるんや?」「『水』って、一番正直な飲み物やと思わへんか?嘘つけへん、その人の『本質』が出るんや」
「え?普通に水道水か、ミネラルウォーターですが…」
佐藤が、素直に答えた瞬間、水野さんの顔色が変わった。
「そうか!君、まだまだ『水』の本当の価値が分かってないな!その『無関心』が、一番の『欠点』や!」
水野さんは、突然、感情を露わにした。そして、佐藤の「奴隷」としての価値を、大幅に引き下げる判定を下したのだ。佐藤は絶望した。しかし、水野さんは、すぐにいつもの調子に戻り、謎めいた言葉を残して去っていった。「でも、君の『水』への無関心さが、逆に面白い。ある意味、一番『純粋』な『水』かもしれないな」
結局、佐藤は「奴隷」として売られることなく、この奇妙な部署に留まることになった。田中部長は、いつものようにゆったりとした口調で告げる。「まあ、君の市場価値はまだ低かったということだ。だが、水野さんという『目利き』に目をつけられたのは大きい。今後、『水』にまつわる研修を強化しよう」
佐藤は、自分が一体何のために、そして何と戦っていたのか、全く理解できないまま、ただただ部署の奇妙な空気に飲まれていく。そんな佐藤に、田中部長が、水野さんと同じ質問を投げかけた。
「ところで佐藤君、君、普段『水』は何を飲んでる?」
部長の目は、まるで「水」を語るかのように、静かに、しかし深く佐藤を見つめていた。
「水」という一番正直な飲み物には、その人の「本質」が出るという。