砂漠に沈むカヌー

砂塵が舞う。乾いた風が、かつて海だった場所を撫でていく。ケンジは、錆びついた鉄屑と化したカヌーの船体に、磨き砂を丁寧に擦りつけていた。その感触は、過去の温度を呼び覚ます。それは、空を焦がすほどの熱量を持った、忌まわしい記憶だった。

依頼は簡潔だった。総督府から。辺境の砂漠地帯に漂着した「宇宙戦争の遺物」。調査員はケンジ一人。報酬は、この砂漠で生き延びるための最低限の物資。彼は、そのカヌーの形状に、既視感を覚えていた。まるで、あの日の実験機に酷似している。

「遺物」とされたカヌーは、異様なほどに保存状態が良かった。船体には、未知の金属が使われ、内部には、解析不能なデータストレージが埋め込まれていた。ケンジは、そのデータを回収し、分析を開始した。公式発表――「宇宙戦争」――の痕跡は、どこにも見当たらなかった。

代わりに、そこにあったのは、地球規模の環境破壊を加速させるための、極秘プロジェクトの記録だった。宇宙開発という名の、現実逃避。そのための、実験機。そして、その実験の失敗。

「これは、宇宙戦争の遺物なんかじゃない。私たちが、自分たちの手で作り出した、破滅の証拠よ」

エリカの声が、ケンジの耳朶を打った。彼女は、かつて共にプロジェクトに携わった仲間であり、今は環境保護活動家となっていた。彼女は、ケンジが持ち帰ったデータの一部を、極秘裏に入手していたのだ。

「真実を公表するべきだわ。人々に、目を覚ましてもらうために」

しかし、民衆は、砂漠の空を見上げ、遠い星への移住計画に夢見ていた。現実から目を背けることに、彼らは慣れきっていた。総督府からの圧力は、エリカの行動を封じ込めた。そして、ケンジにも、沈黙を強いる警告が届いた。

「過去は、掘り起こすべきではない」

総督は、冷徹な声でそう言った。権力は、常に事実よりも、体制の維持を優先する。ケンジは、カヌーの残骸に、さらに深く隠された記録を発見した。そこには、プロジェクトの全貌と、それが引き起こした破滅の連鎖が、克明に記されていた。隠蔽された事実。そして、その犠牲となった者たちの声。

政府は、ケンジとエリカの抹殺を決定した。追っ手が迫る。砂漠の熱風が、彼らの逃走経路を歪ませる。ケンジは、自身が加担した過去の罪悪感に苛まれながらも、エリカと共に、真実の断片を、後世に残すための行動を優先した。個人の救済など、そこには存在しなかった。

エリカは、限られた資源で、データの一部を外部へ送信しようと試みた。ケンジは、カヌーの残骸から見つかった、「宇宙戦争」を煽るプロパガンダ映像に、送信されたデータの一部を紛れ込ませることに成功した。辺境の砂漠地帯で、その映像は放送された。

断片的なデータ。真実を完全に証明するものではない。しかし、映像を見た人々は、砂漠の空を見上げた。遠い宇宙への憧れと同時に、自分たちの足元にある現実から目を背けていた過去を、ぼんやりと思い出した。それは、砂漠に沈んだカヌーの残骸のように、記憶の底に静かに沈んでいく、曖昧な感覚だった。

総督府は、依然として体制を維持していた。真実は、歪められ、一部の人々の記憶の片隅に、静かに埋もれていく。そして、この構造は、姿を変えながらも、延々と繰り返されていくのだろう。人間の集団的忘却という、逃れられない呪縛のように。

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