星屑の茶会

古びた茶室。埃っぽい畳の匂いと、微かに漂う白檀の香りが、この場所がどれほど時を重ねてきたかを物語っていた。橘綾乃は、師範代である星野玲と共に、茶会を開こうとしていた。しかし、その厳かな静寂の中に、幼馴染の佐伯悟の気配が混じり、綾乃の胸は得体の知れない熱で煮えたぎった。玲への、あの理解不能な、それでいて触れたいと願ってしまうような憧れと嫉妬。そして悟への、幼い頃から変わらぬ、だが今はもう届かないと知っている愛情。茶碗を置く指先が、微かに、ほんの僅かに震えた。許せない。この震えさえも、玲の纏う静謐な、しかし時空を超えたかのような異質な空気に、綾乃の心は激しく掻き乱されていた。

茶会の最中、玲が口を開いた。その声は、遠い星の囁きのように、綾乃の鼓膜を震わせた。「宇宙は、意思を持つ集合体です。我々のように、感情の奔流を、そのまま形にする存在…」玲の話は、現実の法則からかけ離れた、しかし綾乃の心の奥底に眠る渇望を直接刺激するようなものだった。星々の運行、銀河の鼓動、そして「我々」という、綾乃には到底想像もつかない存在。玲の言葉は、長年、茶道の型という檻に閉じ込めてきた自身の感情を、解き放つ甘美な誘惑だった。それは、綾乃の内に燃え盛る嫉妬の炎に、さらに油を注ぎ込む行為に他ならなかった。

玲は、綾乃の震える瞳の奥に渦巻く、嫉妬と憧れを、まるで透視するかのように見抜いた。「その感情こそが、あなたをあなたたらしめているのです」と、静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。綾乃の心は、激しく波打った。それは、抑圧してきたものが、ついに解放される瞬間の、甘くも恐ろしい予感だった。その時、悟が口を開いた。彼の声には、焦燥と、綾乃への痛ましさが滲んでいた。「綾乃、目を覚ませ!あんな、現実離れした話に囚われるな!俺はお前が苦しむのを見たくないんだ!」その叫びは、茶室の静寂を無残に切り裂き、綾乃の心をさらに掻き乱した。悟の激情が、綾乃の内に眠る別の感情を呼び覚ます。

玲は、綾乃の戸惑いなど意にも介さず、茶室の天井に、まるで本物の宇宙が広がっているかのような、星空を映し出した。「これは、私の故郷です」と、微笑みながら言った。「あなたも、私たちの『会議』に、来ませんか?感情の赴くままに生きる、宇宙的な存在たちの集まりに」綾乃の心臓が、激しく脈打った。長年抑え込んできた衝動が、ついに臨界点を超えようとしていた。彼女は、無意識のうちに、玲へと手を伸ばした。その時、悟の魂の叫びが茶室に響き渡った。「綾乃!やめろ!俺はお前を…お前だけは…!」愛情と絶望が綯い交ぜになったその声は、綾乃の決断を揺るがすかのように、切実に綾乃の耳に届いた。

綾乃が玲の手を掴んだ、その瞬間。茶室の空間が、ぐにゃりと歪んだ。天井に映し出されていた星空が、綾乃の全身を包み込む。彼女の内に溜まりに溜まっていた、嫉妬、憧れ、悟への愛憎、その全ての感情が、一気に臨界点を超え、爆発した。それは、燃え盛る炎のように、激しく、眩しい光となって、空間を切り裂いた。玲は、ただ静かに微笑んでいた。悟は、「綾乃!」と叫び、綾乃の手を掴もうと、身を乗り出した。その刹那、茶室は、全てを焼き尽くすかのような、眩い閃光に包まれた。そして、全てが、静寂と共に消滅した。残されたのは、空間に焼き付いた、燃え尽きたような光の残滓だけだった。

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