月刊『奇聞録』

寂れた宿場町。埃っぽい道には、雀の死骸さえも転がっておらぬ。源三の飯屋は、そんな町の片隅で、ひっそりと、いや、むしろ腐臭を放つように営業を続けていた。日銭を稼ぐことだけが、この男の人生の全てだった。妻のお千代は、夫の愚かさを嘲笑うことを生き甲斐とし、その陰湿な声は、いつも源三の耳元で囁かれていた。「あんた、本当に役立たずね。もっとこう、一攫千金ってのを狙わないと、この先どうなるんだい!」

そんな日々の中、奇妙な噂が、まるで病のように町を這い回った。「満月の夜に、獣のような男が現れる」と。源三の濁った目に、金色の光が宿った。女房の尻を叩きながら、彼は早口になった。「お千代、これは好機だ!珍しい見世物で、一儲けしてやろうじゃないか!」

噂は、嘘ではなかった。月が爛々と、血のように赤く染まる夜。現れたのは、噂に違わぬ、毛むくじゃらの獣のような男だった。その姿は、人間のそれを遥かに逸脱し、野獣の獰猛さと、どこか哀れな虚無を同時に宿していた。源三は、その男を「珍しい見世物」と見定め、捕らえようと躍起になった。しかし、男は尋常ならざる力で源三の企みを退けた。男の鋭い爪が、源三の安っぽい企みを、赤子のように無力に引き裂いたのだ。悔しさに顔を歪める源三の目に、男が抱える奇妙な「雑誌」が映った。

男は、喉の奥から野獣の唸り声のような声で、己の身の上を語った。「満月の夜に、この身は、月光に魅せられ、その姿を変える者…」男が抱える雑誌は、異国の文字と、人間の理解を超えた絵で描かれた、まるで生きた絵巻物のようなものだった。その表紙には、血で描かれたかのような不気味な満月が、読者の魂を吸い込むように描かれていた。男は、その雑誌に「狼男」になる方法が載っている、と仄めかした。源三の浅はかな頭は、すでに妄執に囚われていた。

源三は、隙を見て男から雑誌を奪った。お千代と共に、二人はその異様な書物を貪るように読み解いた。そこには、狼男になるための「秘術」が、血と汗で汚れたように描かれていた。源三は、狼男になって人々を脅し、金儲けをしようと狂信する。お千代もまた、夫を出し抜いてより強大な力を得ようと、雑誌の隅に書かれた「より完全な変身」の記述に目を輝かせた。二人は互いに相手を出し抜こうと、陰湿な駆け引きを始めた。それは、まるで腐臭を放つ泥沼の中で、互いの足を引っ張り合うかのようだった。

満月の夜。源三とお千代は、雑誌の記述に従い、秘術を試みた。月光が、二人の醜悪な欲望を照らし出す。しかし、彼らが変身したのは、知性の欠片もない、醜悪で、ただの肉塊と化した獣だった。雑誌に書かれていたのは、狼男になる方法ではなく、「獣へと堕ちる呪い」の儀式だったのだ。町の人々に、二匹の獣と間違われた彼らは、狂ったように互いを喰らい始めた。源三は女房の肉を貪り、お千代は夫の血を啜る。その肉塊は、互いの内臓を抉り合い、断末魔の叫びを上げた。彼らが残した血溜まりの傍らには、無造作に開かれた雑誌が、風に頁をめくっていた。浪人は、その光景を冷ややかに眺め、口元に歪んだ笑みを浮かべた。「ああ、実に滑稽だ。己の欲望に喰われるとは、これ以上ない結末ではないか。」

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