爆走!AR魔剣とラクガキ戦争
「うおおおおお! すっげぇぇぇぇ! 世界が全部、俺のもんだぁぁ!」
「おいカケル! まだだ! まだてっぺんに行くな! キャリブレーションが終わってない!」
錆びついた鉄骨が迷路のように入り組んだ、廃工場の最上層。地上三十メートル。夕焼けに染まるオレンジ色の空に、俺、カケルの叫び声が響き渡る。 眼下では、相棒のレンがノートパソコンを抱えてオロオロしているのが見えた。豆粒みたいにちっちゃいレンに向かって、俺はニカッと笑ってピースサインを送る。
「待ちきれるかよ! こんな最高のステージ、じっとしてろって方が無理だぜ!」
俺は額に装着したARゴーグルのスイッチに指をかけた。 心臓がドクン、ドクンと早鐘を打つ。これから始まる冒険への期待で、体中の血が沸騰しそうだ。
「バカ! やめろカケル、座標がずれるぞ!」 「へへっ、細かいことは気にすんなって! スイッチ、オォォォン!」
カチッ。
その瞬間だ。 ブォン! という重低音とともに、視界が歪んだ。
キィィィィィン!
錆びた鉄の臭いが消え、代わりに電子的なオゾンの匂いが鼻を突く。ボロボロだったコンクリートの床には、蛍光グリーンのグリッドラインが走る。 赤茶けた鉄骨は、光り輝くネオンブルーの柱へと変貌した。
「うっひょオオオ! マジかよ、これ全部バーチャルか!? まるでゲームの中に入っちまったみたいだ!」
俺はネオンの足場をドカドカと踏み鳴らす。硬い感触はそのままに、足元から光の波紋が広がるエフェクト。最高にクールだ!
「まったく……お前の無鉄砲さには呆れるよ」
インカムからレンの溜息交じりの声が聞こえる。
「いいじゃねぇかレン! ほら見ろよ、あそこの壁!」
俺が指さしたのは、以前この工場に忍び込んだときにチョークで描いたラクガキだ。 『ニコニコわんこ』。 丸い顔に点々の目、舌を出したマヌケな犬の絵。
そのラクガキが、AR空間の中でプルプルと震え始めた。
ポンッ!
煙のようなエフェクトと共に、ラクガキが壁から飛び出してきた! 三次元になった『ニコニコわんこ』が、俺の足元にじゃれついてくる。
「おおっ! すげぇ! よしよし、いい子だな~」
俺が頭を撫でようと手を伸ばした、その時だった。
バギィッ!
耳障りなノイズが走った。 わんこの身体に、黒いイナズマのような亀裂が走る。
「え?」
バギバギバギッ! グググググッ!
可愛い丸顔が、ありえない角度に裂けた。 愛嬌のあった瞳は真っ赤に充血し、小さな身体が風船のように膨れ上がる。 メリメリと筋肉が肥大化し、鋭い牙がズラリと並ぶ。
「ギシャアアアアアアアアッ!」
もはや犬じゃない。それは、全身がバグの塊でできた、凶暴な獣だった!
「うわっ、マジかよ!?」 「カケル! 離れろ! データがバグって実体化してる! 攻撃してくるぞ!」
レンの警告と同時に、獣の爪が俺の鼻先を掠めた。
ガリィィィン!
鉄骨から火花が散る。あと一センチずれてたら、俺の顔面がスライスされてたところだ。
「逃げろカケル! プログラムを修正するまで時間を稼ぐんだ!」 「了解ッ! 逃げるのは得意じゃねぇが、鬼ごっこなら負けねぇぞ!」
ダダダダダッ!
俺は光る鉄骨の上を全力疾走した。 風を切れ! もっと速く! 背後からは、獣の荒い鼻息と、鉄骨を削る爪の音が迫ってくる。
ドガァッ! バキィッ!
獣が暴れるたびに、AR空間のネオンが明滅し、現実の廃工場の風景がチラつく。現実と虚構が入り混じるスリル。 俺は膝をバネにして、大きく跳躍した。
「とうっ!」
空中で一回転し、向かい側のプラットフォームに着地。靴底がキュッ! と音を立てる。 だが、獣のスピードは異常だった。 俺が着地した瞬間、すでに目の前にその巨大な影が覆いかぶさっていたのだ。
「グルルルルッ……!」
涎を垂らす巨大な顎。逃げ場はない。後ろは断崖絶壁だ。
「くそっ、万事休すかよ……!」 「……いや、計算完了だ」
インカムから、レンの冷静な声が響いた。
「カケル、足元を見ろ。そこにチョークが落ちてるはずだ」
言われて視線を落とすと、確かに一本の白いチョークが転がっていた。
「逃げるのは性に合わねぇだろ? 反撃のコードを送った。最強の武器を描け!」 「へへっ、そうこなくっちゃな! サンキュー、相棒!」
俺はチョークをひっつかみ、コンクリートの床に突き立てた。 獣が飛び掛かってくる。 その一瞬の隙に、俺は全身全霊を込めて腕を振るう!
ガリガリガリガリガリッ!
摩擦でチョークが砕け散る。指先が熱い。魂を込めろ! イメージしろ! 俺が描くのは、どんな硬い装甲もぶち抜く、最強の剣だ!
「出ろぉぉぉぉッ!」
俺が描き殴った白い線が、バチバチッ! と激しい光を放つ。 光の粒子が渦を巻き、俺の手の中に収束していく。 ズシリと重い感触。
カッ!
閃光が晴れると、そこには身の丈ほどもある巨大な『AR魔剣』が握られていた!
「ギシャァッ!?」
突然の光に、獣がたじろぐ。 俺は魔剣を両手で構え、ニヤリと笑った。
「悪いなポチ。散歩の時間は終わりだぜ!」
俺は地面を蹴り、獣の懐へと飛び込んだ。
「いくぜぇぇぇ! バスター・スラァァァァッシュ!」
ズバァァァァァン!
極太の光の刃が、獣の身体を一刀両断にする。 断末魔を上げる暇もなく、獣の身体は無数の「0」と「1」の数字へと分解されていく。
キラキラキラ……。
光の粒子となって空へと溶けていくバグの残骸。 俺は残心を示しつつ、魔剣を肩に担いだ。 それと同時に、周囲の毒々しいアラート色が消え、元の静かなネオンブルーへと戻っていく。
「ふぅ……。やったな!」 「ああ。理論上ギリギリのタイミングだったけど、お前の反射神経に助けられたよ」
下の階層からレンが駆け上がってきた。 俺たちは顔を見合わせ、バチンッ! と勢いよくハイタッチを交わす。 最高の気分だ。この手の中にある痺れこそが、生きている証だ!
「さて、飯でも食って帰るか……」
俺がゴーグルを外そうと手をかけた、その時。
ピピピピピッ!
再び激しい警告音が鳴り響いた。 目の前に真っ赤なウィンドウがポップアップする。
『WARNING:地下エリアに巨大反応アリ』
工場の床がゴゴゴゴ……と地響きを立て、地下へと続く隠し扉がゆっくりと開き始めた。 底知れぬ暗闇の奥から、さっきの獣とは比べ物にならないほど強大な気配が漂ってくる。
「……おいおい、マジかよ」
俺は呆気にとられ、それからレンの方を見た。 レンは眼鏡の位置を直しながら、不敵に笑っている。
「どうやら、デバッグ作業はまだ終わらないみたいだね」 「へへっ、むしろここからが本番ってことかよ!」
俺のワクワクは止まらない。 この暗闇の向こうには、まだ見ぬ強敵と、とびっきりの冒険が待っているんだ!
「行くぞレン! 遅れんじゃねぇぞ!」 「ああ、君こそ転ぶなよ!」
俺たちは全速力で走り出した。 未知なる地下ダンジョンへ向かって、真っ逆さまに飛び込んでいく!
俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!